はじめに

ITガバナンス実践では、戦略策定からパフォーマンス確認までの直接的な活動を具体的なロードマップと成果物に落とし込みました。本稿では、その続編として、経済産業省のシステム管理基準が定める「ITガバナンス実践に必要な要件」に焦点を当てます。これらの要件は、ITガバナンスを支える強固な「基礎」であり、その実践活動が実効性を持ち、持続可能であるための土台となるものです。  

具体的には、「ステークホルダーへの対応」「取締役会等のリーダーシップ」「データ利活用と意思決定」「リスクの評価と対応」「社会的責任と持続性」という5つの要件を分解し、それぞれについて具体的な進め方、手順、そしてカスタマイズしてすぐに使える成果物テンプレートを提示します。本レポートは、ITガバナンス実践と合わせて活用することで、企業が「攻め」と「守り」のITガバナンスを両立させ、その活動を組織文化として根付かせるための、包括的な実践マニュアルとなることを目指します。

Part 1: ステークホルダー・エンゲージメントの実践(I.2.1 対応)

システム管理基準 I.2.1 ステークホルダーへの対応:

取締役会等は、組織体の IT システムの利活用に関連するステークホルダーを特定し、協議し、そのニーズを明確にして対応する 。 

1.1. 考え方:なぜステークホルダー対応が重要か

ITガバナンスは、IT部門や経営層だけで完結するものではありません。顧客、株主、従業員、取引先、規制当局といった多様なステークホルダーの期待や懸念に応え、信頼を構築することが不可欠です。例えば、顧客は安定したサービス提供と個人情報保護を期待し、株主はIT投資による企業価値向上を求めます。これらの多様なニーズを的確に把握し、戦略に反映させ、適切にコミュニケーションをとることが、ITガバナンスの正当性と実効性を担保します。

1.2. 具体的な進め方と手順

  1. ステークホルダーの特定と分析:
    • 自社のIT活動に関連する全てのステークホルダーを洗い出します。
    • 各ステークホルダーの「関心事(何に関心があるか)」と「影響度(自社に与える影響の大きさ)」を評価し、マッピングします。
  2. エンゲージメント戦略の策定:
    • 影響度の高い主要なステークホルダーに対し、どのように関与していくか(報告、協議、協働など)を定義します。
  3. コミュニケーション計画の立案:
    • 誰に、何を、いつ、どのように伝えるかを具体的に計画します。
  4. フィードバックと改善:
    • ステークホルダーからのフィードバックを収集する仕組み(例:顧客満足度調査、従業員サーベイ)を設け、IT戦略やガバナンス活動の改善に繋げます。

1.3. 成果物テンプレート

テンプレート1: ステークホルダー・マトリクス

目的: 主要なステークホルダーを可視化し、それぞれに対するエンゲージメント方針を明確にする。

ステークホルダー関心事・期待自社への影響度 (高/中/低)現在のエンゲージメントレベル理想のエンゲージメントレベル主要なエンゲージメント方法担当部署
顧客サービスの安定稼働、個人情報保護、利便性の高い新機能・利用規約 ・プライバシーポリシー ・カスタマーサポート ・満足度調査事業部門、IT部門
株主/投資家IT投資対効果(ROI)、DX戦略の進捗、サイバーリスク管理・統合報告書 ・株主総会 ・決算説明会経営企画、IR部門
従業員効率的な業務システム、公正な評価、ITスキル研修・社内ポータル ・全社集会 ・従業員サーベイ人事部門、IT部門
主要取引先安定した取引システム(EDI)、サプライチェーンのセキュリティ・定期的な協議会 ・セキュリティ監査調達部門、IT部門
金融庁/監督官庁規制遵守(FISC等)、システム障害報告、監査対応・定期的な報告 ・立入検査対応 ・公式な照会対応コンプライアンス部門

テンプレート2: コミュニケーション計画書

目的: ステークホルダーとのコミュニケーションを計画的かつ効果的に実行する。

対象ステークホルダーコミュニケーションの目的主要メッセージ媒体/チャネル実施頻度責任者/部署
全従業員新情報セキュリティポリシーの理解と遵守促進「なぜこのルールが必要か」を具体例で説明。違反時のリスクを周知。・全社メール ・社内ポータル記事 ・e-ラーニング導入時、年1回CISO、人事部門
顧客新サービス開始の告知と利用促進新サービスが顧客の課題をどう解決するかを訴求。・プレスリリース ・Webサイト ・メールマガジンサービス開始時事業部門、広報部門
株主/投資家DX投資の進捗と成果の報告データ活用による生産性向上や新規事業創出の実績を具体的に示す。  ・決算説明会資料 ・統合報告書四半期毎、年1回経営企画、IR部門

Part 2: 取締役会のリーダーシップ確立(I.2.2 対応)

システム管理基準 I.2.2 取締役会等のリーダーシップ:

取締役会等は、組織体の価値を向上させるために、IT システムの利活用を推進するリーダーシップを発揮する 。 

2.1. 考え方:トップダウンで推進するITガバナンス

ITガバナンスは、経営トップが「自分ごと」として捉え、強力なリーダーシップを発揮して初めて組織に根付きます。取締役会は、単にIT部門からの報告を受けるだけでなく、ITを経営戦略の中核に据え、企業価値向上のための「攻めのIT投資」を積極的に議論し、意思決定する責任があります。また、CIOを任命し、適切な権限を委譲することも重要な役割です。  

2.2. 具体的な進め方と手順

  1. ITガバナンス方針の策定とトップメッセージの発信:
    • 経営トップが自らの言葉で、ITガバナンスの重要性と目指す方向性を全社に表明します。
  2. CIOの任命と権限委譲:
    • 経営戦略とIT戦略を繋ぐ役割としてCIOを任命し、その役割、責任、権限を明確に定義した職務記述書を作成します。
  3. 取締役会におけるITリテラシーの向上:
    • 取締役会自身が、最新の技術動向やサイバーリスクについて学ぶための定期的な研修会や専門家からのヒアリングを実施します。
  4. 倫理規範の策定と遵守:
    • ITの利活用における倫理的な行動規範を策定し、取締役会が率先して遵守する姿勢を示します。

2.3. 成果物テンプレート

テンプレート3: ITガバナンス基本方針

目的: ITガバナンスに関する組織の最上位の方針を明確にし、経営トップのコミットメントを示す。

代表取締役メッセージ

当社が持続的に成長し、社会に価値を提供し続けるためには、デジタルの力を最大限に活用することが不可欠です。ITはもはや単なる業務効率化のツールではなく、我々のビジネスモデルそのものを変革し、新たな競争力を生み出すエンジンです。

本「ITガバナンス基本方針」は、私たちがITを戦略的に活用していく上での羅針盤です。私たちは、お客様や社会からの信頼を第一に、セキュリティとコンプライアンスを徹底する「守りのガバナンス」を盤石なものとします。その上で、データを活用したイノベーションを加速させ、企業価値を最大化する「攻めのガバナンス」を大胆に推進していくことを、ここに宣言します。 

ITガバナンス基本方針

  1. 価値創造: 我々は、ITを事業戦略と一体のものとして捉え、顧客価値の向上と持続的成長に貢献するIT投資を推進する。
  2. リスク管理: 我々は、サイバーセキュリティリスクを含むあらゆるITリスクを経営の重要課題と認識し、組織的に管理する体制を構築・維持する。
  3. コンプライアンスと倫理: 我々は、関連する法令・規則を遵守するとともに、データの取り扱いにおいて高い倫理観を持って行動する。 
  4. 責任と権限: 我々は、ITガバナンスにおける役割と責任を明確にし、CIOにIT戦略の実行に必要な権限を委譲する。
  5. 継続的改善: 我々は、ITガバナンス体制を定期的にレビューし、ビジネス環境や技術の変化に対応して継続的に改善する。

テンプレート4: CIO職務記述書(サンプル)

目的: CIOの役割、責任、権限を明確にし、経営における位置づけを定義する。

項目内容
役職名最高情報責任者 (Chief Information Officer)
報告ライン代表取締役社長 (CEO)
ミッション経営戦略と整合したIT戦略を策定・実行し、テクノロジーを駆使して企業価値の最大化に貢献する。
主要な責任1. IT戦略の策定、実行、およびパフォーマンス管理
2. 全社ITガバナンス体制の構築と運用
3. IT投資ポートフォリオの管理と最適化
4. 全社情報セキュリティおよびITリスク管理の統括
5. データガバナンスの確立とデータ利活用の推進
6. 新技術の評価と導入によるイノベーションの促進
7. IT人材の育成と組織能力の強化
主要な権限1. IT戦略に関するCEOへの直接の提言権
2. 承認されたIT予算の執行権
3. 全社IT関連規程の制定・改廃に関する起案権
4. IT部門の人事評価および組織編成に関する提案権
5. 重大なセキュリティインシデント発生時の緊急対応指揮権
主要なKPI・IT投資のROI
・重要システムの可用性
・重大セキュリティインシデント発生件数
・DX戦略の目標達成度

Part 3: データドリブン経営の実現(I.2.3 対応)

システム管理基準 I.2.3 データ利活用と意思決定:

取締役会等は、組織体の価値を向上させるために、データを利活用した意思決定を推進する 。 

3.1. 考え方:データを競争力の源泉に変える

今日のビジネス環境において、データは新たな主要な経営資源です。勘や経験だけに頼るのではなく、データを活用して客観的な事実に基づいた意思決定を行う「データドリブン経営」への転換は、企業の競争力を左右します。これを実現するには、データを安全かつ効果的に管理・活用するための全社的なルールと体制、すなわち「データガバナンス」の構築が不可欠です。  

3.2. 具体的な進め方と手順

  1. データガバナンス体制の構築:
    • データ戦略の責任者としてCDO(最高データ責任者)を任命するか、既存の役員にその役割を担わせます。  
    • 各事業部門に、データの品質や利用ルールに責任を持つ「データスチュワード」を設置します。
  2. データ利活用方針の策定:
    • どのような目的でデータを活用し、どのような価値を生み出すか、全社的な方針を定めます。
  3. データ資産の可視化:
    • 社内にどのようなデータが存在するのかを把握するため、「データカタログ」や「データマップ」を整備します。
  4. データ倫理原則の策定:
    • 個人情報保護はもちろん、AIの利用における公平性や透明性など、倫理的なデータ利活用のための原則を定めます。

3.3. 成果物テンプレート

テンプレート5: データガバナンス規程

目的: 組織のデータ資産を適切に管理・活用するための全社的なルールを定める。

主要な規定内容
第1章 総則・本規程の目的(データを経営資産として管理し、価値を最大化する)
・適用範囲(全役職員および全データ資産)
・用語の定義(データオーナー、データスチュワード等)
第2章 体制と役割・データガバナンス委員会の設置と権限
・CDO(最高データ責任者)の役割と責任
・データオーナー、データスチュワードの役割と責任
第3章 データ資産管理・データ資産の棚卸しと台帳管理
・データ分類基準(機密性、重要度に応じた分類
・メタデータ管理(データの意味や来歴の管理)
第4章 データ品質管理・データ品質の定義(正確性、完全性、適時性等
・データ品質の測定と改善プロセス
第5章 データセキュリティとアクセス管理・データ分類に応じたアクセス制御ポリシー ・データの暗号化、マスキングに関する基準 ・外部提供時のルールと手続き
第6章 データ倫理・データ利活用における倫理原則(後述のテンプレート6を参照)
・プライバシー影響評価(PIA)の実施要件
第7章 規程の改廃・本規程の定期的な見直しと改廃手続き

テンプレート6: データ倫理原則とチェックリスト

目的: AIを含むデータ利活用が、倫理的に許容される範囲で行われることを保証する。

データ倫理5原則

  1. 人間中心 (Human-in-the-Loop): AI等の自動化された意思決定は、常に人間の監督下に置き、最終的な判断は人間が行う。
  2. 公平性 (Fairness): 特定の属性(性別、人種等)に基づく不当な差別やバイアスを生み出さないよう、データの偏りを是正し、アルゴリズムを評価する。
  3. 透明性と説明責任 (Transparency & Accountability): AIの判断根拠を可能な限り説明できるようにし、その結果に対する責任の所在を明確にする。
  4. プライバシー保護 (Privacy): 個人情報は、本人の同意に基づき、必要最小限の範囲で適正に取得・利用し、プライバシーを侵害しない。
  5. セキュリティと安全性 (Security & Safety): データとAIシステムをサイバー攻撃から保護し、意図しない挙動によって人や社会に危害を与えないように設計・運用する。

新規データ利活用プロジェクト倫理チェックリスト

No.チェック項目Yes/No備考(Noの場合の対応策)
1このデータ活用は、当社の倫理原則に合致しているか?
2利用するデータに、特定の集団に対する不公平なバイアスが含まれる可能性はないか?
3AIの分析・判断結果が、なぜそうなったのかを関係者に説明できるか?
4個人情報保護法および関連法規を遵守しているか?プライバシー影響評価は実施したか?
5このシステムが悪用された場合や、誤作動した場合のリスクは評価され、対策が講じられているか?

Part 4: 全社的リスク管理とレジリエンス強化(I.2.4 対応)

システム管理基準 I.2.4 リスクの評価と対応:

取締役会等は、組織体の価値を向上させるために、IT システムの利活用に伴うリスクを評価し、対応する 。 

4.1. 考え方:不確実性を乗り越える強靭な組織へ

ITリスク管理は、単にインシデントを防ぐ「守り」の活動だけではありません。どのようなリスクを、どの程度までなら許容して事業機会を追求するのか、という「攻め」の意思決定(リスクアペタイト)を明確にすることが重要です。また、サイバー攻撃や自然災害など、予期せぬ事態が発生しても事業を継続できる能力、すなわち「サイバーレジリエンス」の確保は、現代企業にとって必須の経営課題です。  

4.2. 具体的な進め方と手順

  1. リスクアペタイトの設定:
    • 経営陣が議論し、自社が事業目標達成のために進んで受け入れるリスクの種類と量を「リスクアペタイト・ステートメント」として文書化し、取締役会で承認します。
  2. 事業影響度分析 (BIA) の実施:
    • どの業務が停止すると、どのくらいの期間で、どれほどの損害が出るかを分析し、復旧の優先順位を決定します。
  3. 事業継続計画 (BCP) の策定:
    • BIAの結果に基づき、重要業務を目標復旧時間(RTO)内に復旧させるための具体的な手順、体制、代替手段を定めたBCPを策定します。特にサイバー攻撃を想定したBCPは不可欠です。  
  4. BCP訓練の実施と見直し:
    • 策定したBCPが実効性を持つかを確認するため、定期的に訓練を実施し、その結果を踏まえてBCPを継続的に見直します。

4.3. 成果物テンプレート

テンプレート7: リスクアペタイト・ステートメント(サンプル)

目的: 組織として許容するリスクのレベルを全社で共有し、一貫したリスク判断の基準とする。

リスクアペタイト・ステートメント

当社は、持続的な成長と企業価値向上のため、一定のリスクを許容し、戦略的な機会を追求します。本ステートメントは、その判断基準を定めるものです。

リスク領域リスクアペタイト(許容度)具体的な指標/方針
戦略リスク高い (High)新規事業・市場への挑戦に伴う不確実性は、十分な事業性評価を前提に積極的に許容する。
財務リスク中程度 (Medium)健全な財務基盤を維持する範囲内で、DX等の戦略的投資を行う。自己資本比率はXX%以上を維持する。
オペレーションリスク低い (Low)基幹システムの計画外停止は極小化を目指す。重要システムの目標可用性は99.9%とする。
サイバーセキュリティリスク極めて低い (Very Low)顧客情報および機密情報の漏洩に繋がるリスクは許容しない。重大インシデントの発生ゼロを目指す。
コンプライアンスリスク許容しない・ゼロ法令・規制違反は一切許容しない。

テンプレート8: 事業影響度分析(BIA)レポート

目的: システム障害等が事業に与える影響を定量・定性的に評価し、復旧の優先順位と目標を決定する。

重要業務プロセス業務概要影響度評価 (財務/顧客/評判)最大許容停止時間 (MTPD)目標復旧時間 (RTO)目標復旧時点 (RPO)依存するITシステム
オンライン受注Eコマースサイトを通じた顧客からの注文受付高/高/高4時間2時間15分ECシステム、決済システム
生産管理工場の生産計画立案と実績管理高/中/中24時間8時間1時間生産管理システム(MES)
給与計算従業員への月次給与支払い中/低/中3営業日1営業日24時間人事給与システム
経費精算従業員からの経費申請と支払い低/低/低10営業日5営業日3日間経費精算システム

テンプレート9: 事業継続計画(BCP)訓練計画書

目的: BCPの実効性を検証し、関係者の習熟度を高めるための訓練を計画する。

項目内容
訓練名2025年度 全社サイバーBCP訓練
目的1. ランサムウェア攻撃発生時のBCP発動プロセスの妥当性検証
2. 危機対策本部の意思決定能力の向上
3. 従業員の初動対応手順の習熟
訓練形式図上訓練(ウォークスルー方式)
想定シナリオ・国内拠点のファイルサーバがランサムウェアに感染し、業務ファイルが暗号化される。
・攻撃者から身代金を要求する脅迫メールが届く。
・感染が他拠点へ拡大する恐れがある。
参加者・危機対策本部メンバー(経営層、各部門長
・IT部門、広報部門、法務部門の実務担当者
タイムライン9:00 訓練開始、インシデント発生通知
9:30 危機対策本部招集、状況報告
10:00 BCP発動判断、対外公表の検討
11:00 バックアップからの復旧手順の確認
12:00 訓練終了、振り返り
評価項目・BCP発動判断は適切に行われたか?
・役割分担と情報伝達は円滑だったか?
・意思決定に必要な情報は適時に提供されたか?

Part 5: 社会的責任と持続可能性の追求(I.2.5 対応)

システム管理基準 I.2.5 社会的責任と持続性:

取締役会等は、組織体の価値を向上させるために、IT システムの利活用における社会的責任を果たし、持続性を確保する 。 

5.1. 考え方:ESG時代のITガバナンス

現代の企業経営は、ESG(環境・社会・ガバナンス)の観点抜きには語れません。ITガバナンスも例外ではなく、ITの利活用が環境や社会に与える影響に配慮し、持続可能性を追求することが求められます。具体的には、データセンターの省エネ化(グリーンIT)、サプライチェーンにおける人権への配慮、AI利用における倫理の確保などが重要なテーマとなります。

5.2. 具体的な進め方と手順

  1. ITサステナビリティ目標の設定:
    • 自社のIT活動が環境・社会に与える影響を評価し、具体的な改善目標(例:データセンターのPUE目標値、電子廃棄物のリサイクル率)を設定します。
  2. 責任あるサプライチェーンの構築:
    • IT機器やクラウドサービスの調達において、サプライヤーの環境・人権への取り組みを評価基準に加えます。
  3. AI倫理ガイドラインの策定と運用:
    • AIの開発・利用にあたり、公平性、透明性、説明責任を確保するための社内ガイドラインを策定し、遵守を徹底します。
  4. 情報開示:
    • ITサステナビリティに関する取り組みと成果を、統合報告書やサステナビリティレポートなどを通じてステークホルダーに開示します。

5.3. 成果物テンプレート

テンプレート10: ITサステナビリティ方針

目的: IT活動における環境・社会への配慮に関する組織の基本姿勢を明確にする。

ITサステナビリティ方針

当社は、事業活動を通じて持続可能な社会の実現に貢献するため、ITの利活用においても以下の原則に基づき行動します。

  1. グリーンITの推進: IT資産のライフサイクル全体(調達、利用、廃棄)を通じて環境負荷の低減に努めます。特にデータセンターのエネルギー効率向上を最優先課題とします。
  2. 責任ある調達: IT機器・サービスのサプライヤーに対し、環境保護、人権尊重、公正な労働慣行、倫理的な事業活動を求め、サプライチェーン全体での持続可能性を追求します。
  3. デジタルインクルージョン: 年齢、性別、障がいの有無にかかわらず、誰もが当社のデジタルサービスを利用できるよう、アクセシビリティに配慮した設計・開発を行います。
  4. 倫理的な技術利用: AI等の新技術が社会に与える影響を常に考慮し、人間の尊厳と権利を尊重した、倫理的な開発・利用を徹底します。

テンプレート11: サプライヤー行動規範(IT関連)

目的: ITサプライヤーに遵守を求める環境・社会・倫理に関する基準を明示する。

ITサプライヤーの皆様へ

当社は、サプライヤーの皆様を重要なパートナーと考え、共に持続可能な社会を築くことを目指しています。つきましては、貴社および貴社のサプライチェーンにおいて、以下の事項を遵守いただくようお願いします。

  • 人権と労働: 強制労働、児童労働の禁止。差別の撤廃。安全で衛生的な労働環境の提供。
  • 環境: 環境関連法規の遵守。温室効果ガス排出量、水使用量、廃棄物の削減努力。有害物質の適切な管理。
  • 倫理: 腐敗防止(贈収賄の禁止)。公正な競争。知的財産の尊重。情報の適切な保護。
  • 管理システム: 上記を遵守するための管理体制を構築し、継続的に改善すること。当社による監査に協力すること。

テンプレート12: AI倫理ガイドライン

目的: AIの開発・利用における倫理的な判断基準とプロセスを定め、リスクを管理する。 (内容はテンプレート6「データ倫理原則とチェックリスト」と重複するため、ここではより詳細な開発・運用プロセスに焦点を当てる)

プロセス段階主要な倫理的配慮事項とアクション
1. 企画・設計・AIの利用目的が、当社の倫理原則に合致しているか評価する。
・「AI倫理レビュー委員会」による承認プロセスを経る。
2. データ収集・準備・学習データにおけるバイアス(偏り)を特定し、是正措置を講じる。
・個人情報を利用する場合は、匿名化・仮名化処理を徹底する。
3. モデル開発・学習・モデルの判断根拠を説明する技術(Explainable AI, XAI)の導入を検討する。
・公平性指標を用いて、モデルのバイアスを定量的に評価する。
4. テスト・検証・想定外の入力データに対する挙動(頑健性)をテストする。
・多様なユーザーグループを対象とした受入テストを実施する。
5. 導入・運用・AIの判断を補助的に利用し、最終判断は人間が行うプロセスを設計する。
・AIのパフォーマンスと影響を継続的にモニタリングし、問題発生時のエスカレーションルートを明確にする。
6. 廃棄・学習済みモデルおよび関連データを安全に消去する。

結論:ITガバナンス・エコシステムの構築と継続的改善

本稿で提示した5つの「実践に必要な要件」は、それぞれが独立しているわけではありません。取締役会のリーダーシップがなければリスクアペタイトは決まらず、ステークホルダーの信頼がなければデータ利活用は進みません。これらは相互に連携し、ITガバナンスという一つの「エコシステム」を形成しています。

これらの要件を着実に実践し、ITガバナンス実践で示したITガバナンスの活動サイクル(評価・指示・モニタ)を回し続けることで、ITガバナンスは単なる管理活動から、組織の文化へと昇華します。そして、その文化こそが、不確実な時代を乗り越え、企業が持続的に価値を創造し続けるための最も強固な基盤となるのです。